夏の読書

昔から何度も読み返すほんの一つに「問はず語り」がある。著作後600有余年、昭和二十五年に始めて一般に公開された本書は本朝日記文学としては希有な作品で、年を重ねて読むにつけ味わいが加わってくる。

問はず語りの題名通り、老年期を迎えた作者は生涯を振り返って「思い」を語らずにはおられなかった。語ったとしても、伝え尽くすことはかなわず、残せぬものと知っていたとしてもである。

ちなみに問はず語りは、作者十四才の元旦に二十九才の後深草院の側室として入ことを請われる語りから始まる。しかし、そのとき作者には思いを寄せる初恋の人雪の曙(二十三才権中納言)がいたのだ。初恋の人を雪の曙なんて、オトメチックかつアヲい。じつにセンチメンタルな話ではないか。また作者自身の生活に関する人間的な描写も新鮮だ。例えば、

作者が乳母の家に滞在しているとき、雪の曙が忍んでくるのであるが、なにも知らない家族は、酒盛りで盛り上がってしまい、飾らない会話を始めてしまう。しばらくすると作者も酒盛りに加えようと乳母がやってくる

障子をあららかに打ち叩きておばば来たり。(以下現代語訳)

ドキドキしてるとおばばが「具合はどうですか。ちょっと、こっちに来て、これみれば元気も出るわよ。さあ、さあ」と枕元の障子をたたく。「ちょ、ちょっとちょうしがわるいの」というと「大好きな白いものだから言ってるのに。無ければないでおねだりするくせに残念ね」

このあと作者は恥ずかしくて死ぬ思いでいるのに雪の曙は笑って「しろいものってなんなの」と聞いてくる。すまして「雪や霜や霞」とでも答えようと思ったのだが正直に「白酒」と答えるのである。

作者18才。既に後深草院の側室ではあったが、いやそれは問題とは云え、なんというかボーイフレンドを部屋に泊めちゃったコギャルそのままで、かつ未成年なのに酒は好きだし、院は青少年保護育成条例違反だ。

詳細は岩波文庫で味わって欲しいが、古典というといかにも古めかしいにも関わらず、宮中の人々が意外にも若いことに驚く。これは、江戸期の幕府にも言えることなのだが階級社会は年齢ではなく産まれに依存するためトップの年齢的な新陳代謝が定期的に発生する側面もあるようだ。

問はず語りの作者自身26才で既に出家し三十二才で諸国遍歴の旅にでてしまう。翻って現代は六十を過ぎるまで働くのだ。ああ、休んでいながらも目もくらむ思いである。