1000円床屋の生き甲斐

私の愛用する床屋はQBハウスだ。きっちり千円の値段で、一人あたり十分しかかからないので待ち時間も少なく済ませられる。

思えば、学生の頃は生協の聾唖者の人がやっている床屋や、お茶の水のパートタイムの主婦のひとがやっている床屋に通っていた。私にとっての床屋は、効率よく社会的に無難でさっぱりした髪型にしてくれれば十分なのだ。

先日八重洲のQBハウスに行ったところ、いわゆるコギャルが三人づれで来ていた。ビジネス街の床屋の客層としては意外な組み合わせだ。見ていると、千円床屋なのに彼女たちはまったく妥協する事もなく事細かな髪型の指定を行い、あまつさえ、修正すら依頼しているではないか。当然ながら、十分で終わるはずもなく、他の客の三倍以上時間を費やしている。しかし、店員はといえば、細かな注文に応えて、むしろうれしそうではないか。

確かに普段の客と来たら

「本日はどのような髪型にしますか」

「みじかくして」

みたいに、そもそも髪型に関心のない客層だ。もともと、髪型に関心があるが故に美容師や床屋をやっている人としては、鬱積するものもあるのであろう。そんななか、あれこれと注文をつける「髪型に関心のある」コギャルはオアシスのような存在なのかもしれない。

ようやく自分の番が来た。私は思った。ごめんな、また、ひとやまいくらのあたまにもどっちゃったね。きっと、聾唖者の床屋のひとも、主婦の人もひとやまいくらでないあたまを刈りたかったに違いない。

「本日はどのような髪型にしますか」

それでも私は言った。「みじかくして」