運動はケンコウに良いのか?

スポーツはケンコウに良いと言われるが、本当だろうか。

 

1872年から1981年までの戦死・戦病死を除いた国立大学出身者の死亡年齢の比較  
分類
平均寿命
体育会系卒業者
60.6歳
文科系卒業者
66.8歳
理科系卒業者
66.1歳

統計的データによれば、激しい運動を行った集団の平均寿命は、他のグループに比べて6年程度短い。現在、加齢に伴う障害の多くは、細胞内部の遺伝情報に対して、エラーが蓄積されることにより発生し、これにより、適切なタンパク質の合成などが阻害される為と考えられている。この遺伝情報に対してエラーを発生させる原因の一つとして考えられているのが活性酸素である。

活性酸素は、体内でのエネルギー代謝が多いほど発生しやすいと考えられる。つまり、

激しい運動を行ってエネルギー代謝が高い人ほど、活性酸素の発生は多く、遺伝子へのエラー蓄積が多く、加齢に伴う障害が発生しやすいといえる。体育会系学生であった者の平均寿命が短い事実によりこれぱ裏付けられる。

それでは、なぜスポーツが健康によいと言われるのか。それは、

一定以上の強度を持った運動を比較的短時間行うことにより抗酸化物質の濃度を増やす

からとされる。たとえば、一日20分程度のウォーキングを行った場合、通常の人であればその間にたかだか200カロリーも消費しない。 それに対して、運動による活性酸素の増加に対処するために血中の抗酸化物質の濃度は明らかに上昇し、定期的に行うことにより高いレベルが保たれる。

人間の体は様々な負荷の増大に対して自立的に能力を向上させ対処する機能が備わっている。その際、”短時間の敷居値を超える高いピーク負荷”をマーキング刺激として、ピーク負荷に応じたレベルの調整を行う、というようなメカニズムを採ることが知られている。たとえば、ウェイトトレーニングで、筋肉量を高める為には

最大負荷の90%以上に相当する負荷を与えた運動を数回(数秒でよい)、二日に一度程度

行うことで筋肉量は増加していく。強い刺激を短時間一定頻度で与えると言うことである。負荷の低い運動を連続していくら行っても筋肉量の増大効果は見込めない。肩こり、腰痛などに代表される筋肉痛の症状では、「連続した筋肉への負担が継続するが、筋肉量を増やす程度の負荷ではない」ために、環境負荷に対する能力の適応を行うメカニズムが働かずに過剰な負担が継続するために発生すると考えられる。

抗酸化能力に関しても同様に、一時的な強い運動刺激に呼応し、その刺激強度に準じた能力値に高まることにより、短時間の刺激により抗酸化能力を高め、後は酸素摂取の高い行動を行わないことによりトータルで活性酸素の影響を低下させ、よってケンコウになるのではないかという理屈なわけである。

過剰な運動がケンコウに悪そうだとはわかった、適度な運動がケンコウに良いかもしれないリクツもありそうだ。では、その落としどころである適度な運動とはどの程度であり、ヒトは、その運動を行うことにより寿命を延ばすことが可能なのであろうか?

実際問題、ネイチャーやWebから調べてみる限り、漠然と「適度な運動はケンコウによい」とか「抗酸化能力が高まった」などの研究レポートを確認できるものの、遺伝情報の破壊、あるいは、寿命を延ばす効果のある”適度”な運動がどの程度であるのかを明確に検証している研究は発見できていない。発想を転換して、遺伝情報へのエラー蓄積が老化の原因とした場合、古くから検証が積み重ねられてきたのは「放射線による遺伝情報の破壊」に関する研究領域である。

破壊と修復の閾値モデル

遺伝情報を符号と考えれば、情報処理における誤り訂正符号の理論が適用できる。一般的に知られている知見としては、誤り修正機構を含んだ符号システムは、設計上の誤り修正率にたいして、誤り発生率が低いときにはほとんどのエラーは顕在せずに修正されてしまうが、誤り発生率がある”閾値”を超えたところから急激にエラー発生率が増えるという事実がある。これを元に被爆者の死亡率に対する放射線強度の与える影響を見てみる。

放影研寿命調査における癌以外の疾病による死亡率、1950-1985年

http://www.rerf.or.jp/nihongo/rerfupda/death/noncance.htm

表中の年代は、その期間における死亡率に対する影響を計測したことを表す。このデータからいえることは、一時的な被爆による死亡率への影響は、放射線強度がある閾値を超えると明確になり、その影響が一定年齢に達した段階で現れると考えられる点である。

このモデルからの延長で考えれば、一定以上の強度の運動を継続した場合、その後、運動を行わなくなったとしても、一定年齢に達すると死亡率に明確な影響が出るのではないだろうか。逆に、軽度の運動をおこなったとしても、寿命という観点から観ると毒にも薬にもならないというのが正しいのかもしれない。 たぶん血中の抗酸化物質の濃度はこの「閾値」の値の大きさを決定には作用すると思われるが、運動刺激自身が閾値以下では死亡率に対する影響はほとんど無いはずである。

さて、ケンコウというのは、長生きするばかりではない。実のところ、運動すると爽快である、楽しい、あるいはアイディアがでるなど、もっとダイレクトな楽しみから運動するというのが一番健全なことなのかもしれない。

果たして運動は健康をもたらすのか? 健康というものを活動の喜びとすれば、それは問うまでもなく自明のことだったのかもしれない。