ええじゃないか

テロリストによる攻撃が収まらない。

宗教社会学によると、社会集団そのものが高いストレスや自我の危機に追い込まれると、個人と同じように集団としてストレスに対抗したり、自我を防衛する様な反応が見られ、その一部が宗教現象となって現れる。抑圧された集団に典型的に見られるのが「救世主思想」である。

豊かな侵略者による支配が継続したとき、また、現実的に,敵の優越性を認めざるを得ないとき、しばしばメシア主義が民衆の心をとらえる。その教義は、現在おかれたこの苦境は一時的なもので、 自分たちは大いなる優れた力の継承者の連なりであるあると説き、やがて、従順なものには大きな転換期が訪れ、立場が逆転することを骨子とする。

連想されるのは、ユダヤ教、キリスト教であるが、近世に入っても、白人と接触したメラネシア地域住民の間では「カーゴ・カルト(注1)」が発生したように、地域、時代を問わず広範囲に観察される現象である。

多くのテロも実は、社会的な自我の崩壊に呼応して、自我の回復を図るために行われる、社会心理的現象と考えられる。故に、合理性を持たない。また社会レベルで属する文化、すなわち自我の安定感を得られる状態にならなければ止むことはないであろう。

ええじゃないか

ところで、我が国に黒船が伝来し、文化的な衝撃を体験した際に発生した宗教的ムーブメントが「ええじゃないか」である。 慶応三年、元号が明治に変わる1−2年前。天からおふだが降ってきたとの噂から、人々は大挙して伊勢神宮への参拝に向かうのである。

実は、「ええじゃないか」、別名、お陰参りは、江戸期を通してほぼ60年周期で発生する民衆の一大イベントであった。研究によると、いったんお陰参りが発生すると、当時の日本人口のほぼ2割が仕事を放り出して伊勢神宮への参拝の列に加わったという。当時は奉公人なども厳しい管理下におかれていたのだが、お陰参りに関しては”無断で加わっても良い”しかも、帰ってきたら”再雇用しなければいけない”慣例があり、さらに、無一文で参拝の旅にでても、道中のわらじ、食べ物、宿を無償で施す習慣があったらしいのだ。

踊り、練り歩きながら向かうもの、卑猥な言葉を叫ぶもの、はては、金持ちの家に上がり込んで「これくれてもええじゃないか」などと、金品を持ち去ることなども大抵は許されたと言われている。

ええじゃないかは、社会規模で行われる無礼講、カーニバルなのだ。かつての日本人は我々の想像を絶してラテン系だったのである。

 

国内でも「真宗」の定着した地域では、お陰参りは発生しなかったという。宗教的信念もあろうが、真宗が浄土信仰という、べつのメシア思想をもつ特性を考えれば、お陰参り自身、メシア主義に変わるカタルシスの提供源だったと言える。 普通は抑圧されると、幻想に走る、攻撃的になる。ところが、そんなことを忘れて、ぱーっとやって「ええじゃないか」と自己肯定してしまう。ストレス解消して自己肯定してしまえば救世主の出番はないのである。

なんとも脳天気な話ではある。だが、徳川三百年を考えれば、実は安定にはもっとも効果的な社会現象であったのかもしれない。

平和には、そーゆー適当な姿勢こそ大事なのかもしれませんなー。テロリストの皆さんに、「ええじゃないか」とはいえませんが。

 

注1

カーゴ カルト(積荷崇拝)

白人と接触したメラネシア地域住民の間で発生した宗教ムーブメント。

白人の持つ巨大な富は、実は、自分たちの祖先が作り出したものであり、やがて海の向こうから祖先たちが莫大な”積荷”を載せた船でやってきて自分たちは豊になるとした教義。信者たちは、豊になるのだからと食べ物や財産を捨てたり、積荷を入れる倉庫を建築したり、港を作ったり、果ては飛行場の様なものを作ったりした。