地球が笑う時

東京駅のキオスクでニュートン7月号を買った。

いきなり話がそれるが、未だにポピュラー科学雑誌を読む自分を恥ずかしく思うこともある。しかし、まだまだ世の中には知らないことも多く、小ネタを仕入れるには最適ではあるのだ。丁度、奥様がみのもんたから健康の秘訣を習得する様なものであろう。しかし、そうして仕入れた小ネタも、役に立つどころかかえって人生の阻害要因になる可能性が大きいのはどうしたものか。昔のテレビドラマの「高校教師」で、主人公の生物教師がデートの相手に動物行動学の話しを始めてしまい、モロ嫌われてしまう様に、如何に、科学の神秘に感動したとしても、食事時に他人に話す話題は慎重に選択しなければならない。

さて今月は、昆虫の不思議みたいな特集で、「ゴキブリが高速に走ることの出来る秘密」などが載っていた。しかも、頭をちぎってしまっても走ることが出来る。その秘密は、中枢から分離した、神経節のネットワークが自立的に足の動きを制御するかららしいのだ。なんと少年の心を刺激するスバラシイしくみか。

ゴキブリの足の分散ネットワーク構成。

各足が空中に浮いている時には隣接する足に対して、抑制信号が伝達される。このため、浮いている足(○の足)の隣の足は、頭のコントロールなしで、地に足をつけることとなる。基本的に三本の足が設置した状態でサカサカサカっと走ることとなる。細かい制御は、足を結ぶ制御ネットワークでコントロールされているのだ。お利口な男の子は、では、足を一本もいだらどうなるだろうなどと科学的な探求心を顕わにしたりしない様に。

この例以外にも、特に群をなす、アリや蜂の行動パターンは自立型エージェントの研究対象として用いられることも多い様だ。理由は限定された記憶力、処理能力を持つ虫のシンプルな行動ルールや反応が集積された結果として、思いもかけない様な創造的な集団行動として現れることがあるからである。ゴキブリの例では、小規模で単純な伝達と抑制の関係であるが、エージェントの数が大きくなり、また、部分的なエージェントの動作にランダムな外的な要素が影響する様になると、全体として知的で創造的な行動をしている様に見えることがある。このため80年代にルールベースのアプローチによりダメだしされてしまった人工知能を別の角度から作ることが出来るかもしれないと考えられているのである。小説の世界では、マイクル・クライトンが、ナノテクノロジーで作られた自己複製型自立的分散エージェントが高度な知能を持ってしまう話しとして描いている話題である。

ところで、よくよく考えてみると、人間の脳も、

などにより、高度な知能を実現しているはずなのである。限定された情報処理能力を持つ自立的な仕組みを持つものの集合としての高度な知性。実はこの話題は、自意識との絡みで考えると極めて深い。

あなたは、いま、このホームページを見ている。背景の色は白く見えるだろうか。白いという事実は、あなたの網膜細胞でとらえられ、視覚細胞において然るべき処理を受けた後、色彩として認識される。そして、場合によっては、白にまつわる連想を喚起する。システムとしてのあなたは、斯くして白を認識する。しかし、個々の細胞レベルでは、白という概念を把握しているわけではない。もう少し厳密に言うと、脳科学の分野では「バナナ細胞」とでも呼ばれる細胞の存在が知られている。サルにバナナを見せたときに、特異的に反応する特定の細胞をさしてこう呼んでいる。白い色に対しても特異的に反応する細胞があるかもしれない。しかし、”あなた”は、その”特異的な白色に反応する細胞”なのだろうか?

「白い色を見ているあなたは、一体どこにいるのだろうか?」

脳のどの部分を探してみても、”あなた”と呼べるものはない。限定的記憶を持つ、自立的、自動的な機能素子があるだけである。つまるところ、”自分”というようなものは、特定の物理的な実在に呼応しているわけではなく、単に集合的なシステムに対する概念として存立しているに過ぎないのである。人は、なかなかこの事実を納得できない。人の中には”中の人”が存在すると思いがちなのである。

さて、本題だが、(ようやくかよ!)この分散的機能素子の集合としての自我という考え方を、上位に拡張するといわゆるガイア思想的な考え方に近くなる。人間個々人を、限定される能力と、近接へのコミュニケーション能力を持った脳細胞に近いものとしてとらえ、それぞれが勝手に活動しているわけだが、その集合体としての人類全体をみるとき、人類全体は人類全体としての自我意識を持っており、悩んだり笑ったりしているかもしれないのである。その自我意識は、脳細胞のレベルでは判別 つかないように、個別の人間には意識することが出来ない。

脳においては、ふさぎ込むときは、全体に抑制的な脳内物質が分泌され、うれしいときはドーパミンが分泌され、興奮しているときはアドレナリンが体内を駆けめぐる。系全体としての喜怒哀楽は、全体に影響を及ぼす脳内物質やホルモンに呼応しているわけである。ボルツマン計算過程における、加熱と冷却が興奮系と抑制系の脳内物質に対応していると見ることも出来る。人類全体を一つの系としてとらえた場合、系全体を興奮させ、アクティビティーを活発にさせる要因は、金融の緩和や、世界規模の戦争などのニュースメディアの伝達が考えられる。

長らくふさぎ込んでいた”人類”が、今、笑ったかもしれない。それはあなた自身が”人類”にとってのバナナ細胞で、ツルっと滑る古典的コントを”人類”が認識した瞬間。ただ、あなた自身はそのことに気がつくこともなく、パソコンを見つめるばかりなのだ。