狂牛病の深淵

 

ヨーロッパでは80年代から騒がれていた狂牛病(BSE)が世紀を越えて日本で社会現象になっている。今のところ狂牛病の病原体と言われている異常プリオンは次の特徴を持つ。

  1. 体内に存在する正常なプリオンと同様なアミノ酸配列を持つ
  2. よって、体内の免疫系からの攻撃を受けない
  3. 正常なプリオンとは異なる立体構造を持つ。時に、異なる分子と重合している
  4. 正常なプリオンに比べ、分解酵素が作用しにくい
  5. 化学的に極めて安定である
  6. そして、自己複製能力を持つ

(4.5)そして6の特徴により、この物質は脳細胞に蓄積されやすい性質を持つ。さらに、多分、卵子など一部の生殖細胞にも蓄積されているのではないか。これらの細胞は、生後、基本的に体内で増殖することがないという特徴を持つからである。(厳密には、例外がある)

通常の体細胞は一定の更新サイクルを持つ。例えて言うと、人間は三カ月毎に脳以外の部分を入れ替えているようなものなのである。

異常プリオンが体内に摂取され、まんべんなく身体に分散したとしても、脳以外に吸収された異常プリオンは、三ヶ月後に再び解放され、また体中に分散する。その間、脳は、新たに分散された異常プリオンを蓄積し続けるのだ。

以下は、異常プリオン蓄積度のHiroshi.com独自シミュレーション結果である。用いた仮説は

  1. 異常プリオン増殖は、体細胞の部位に関わらず一定
  2. 増殖のスピードは5年で1500倍。
  3. 脳以外の体細胞は三ヶ月で更新
  4. 異常プリオン増殖スピードは五年で発症レベル

以下、濃度とは、細胞内での発症濃度を1としている。

濃度比 脳濃度 体濃度
Mar-00 1 0.00001922 0.00001922
Jun-00 2.020408 5.48571E-05 2.71515E-05
Sep-00 3.061641 0.000117433 3.83561E-05
Dec-00 4.124123 0.000223464 5.41846E-05
Mar-01 5.208289 0.000398668 7.65449E-05
Jun-01 6.314581 0.000682813 0.000108133
Sep-01 7.44345 0.00113703 0.000152756
Dec-01 8.595357 0.001854823 0.000215794
Mar-02 9.770772 0.002978572 0.000304845
Jun-02 10.97018 0.004724257 0.000430645
Sep-02 12.19406 0.007418376 0.00060836
Dec-02 13.44292 0.011553001 0.000859412
Mar-03 14.71726 0.017867716 0.001214065
Jun-03 16.01761 0.027471386 0.001715074
Sep-03 17.3445 0.042022836 0.002422833
Dec-03 18.69847 0.063998581 0.003422664
Mar-04 20.08007 0.097089049 0.004835094
Jun-04 21.48987 0.146784257 0.006830393
Sep-04 22.92844 0.221238597 0.009649091
Dec-04 24.39637 0.332546419 0.013630981
Mar-05 25.89425 0.49862174 0.019256078
Jun-05 27.42271 0.745965722 0.027202483
Aug-05 28.98235 1.11373772 0.038428132
Nov-05 30.57383 1.659739193 0.05428627

設定通り、きっかり五年で脳内濃度は発症レベルまで高まる。また、明らかに脳に対する異常プリオンの集中蓄積が発生していることが判る。しかし、同時に身体の他の部分における異常プリオンの蓄積脳内濃度の1/30とはいえ、進行していることが見て取れる。

この結果は、異常プリオンの蓄積が部位に関係なく存在量に依存するとしたためである。

異常プリオンには摂取量しきい値はあるのか

一般的に、細菌感染や放射線障害には、しきい値が存在し、一定量以上の被曝がなければ感染や発症には至らない(ページ下、しきい値発生の仕組み参照)。さて、そこで問題である。はたして、異常プリオンには感染摂取量のしきい値というものが存在しているのであろうか。

「破壊されないこと」と、「自己増殖すること」を異常プリオンの本質とするならば、増殖スピードが指数関数的であるとすれば、初期摂取量の多寡は発病をほんの少し遅らせる要因にしかならないはずである。実際、シミュレーションでの異常プリオン初期濃度を1/30にした場合、発病に至る時間はほんの二年ちょっと遅れるだけなのだ。

狂牛病の深淵

いわゆる危険部位と言われる脳以外の摂取も伝染原因となるのだとしたら。考えると恐ろしいことである。しかし、もし、そうであれば、逆にイギリスでの変異型クロイツフェルトヤコブ病(CJD)の発症例(2000年6月で75名)ももっと広範囲になっていると思われる。変異型クロイツフェルトヤコブ病が狂牛病(BSE)であるとしても、そこには、遺伝的特性などの複合的な原因が存在しているのかもしれない。

歴史的には、CJD研究の発端となったのは、食人の風習を持つ部族でのCJD類似病変の確認からであった。その場合BSEと同様に、種を越えない伝染であり、明らかに世代を越えた病原プリオンの蓄積があったのであろう。未だBSEが人間での変異型クロイツフェルトヤコブ病の直接的な原因であるとの確証は得られていないとのことである。が、最悪、この病原物質は、卵子への蓄積を通して次世代の平均寿命を大幅に短縮していくのかもしれない。

 

おまけ

発病しきい値の仕組み

細菌コロニー

たとえば、プラーク、早く言えば歯くそに見られるように、細菌は、ねばねば物質を出してくっつくことにより大きな固まりの集団を形成することが多い。この際、ねばねば物質は、くっつくことに役立つ他、細菌自身にとって有害な物質の侵入を防ぐ働きをする。

もちろん、細菌にとっての栄養分も、表面から取り入れる必要があるため過度に大きな固まりを形成した場合、細菌は休眠状態の不活性中核層を形成してしまうが、表面積は2乗、容積は三乗のオーダーで増加するため、攻撃を表面積に比例して受けるとするならば一定以上の細菌団を作ることにより生存確立を向上させることが出来る。

ゾーンディフェンス

ある種の病原体は体内の特定の器官に対する選好性を持つ。こうした病原体は、局所的なゾーンでの過剰繁殖を行うことによって免疫反応からの防御を行っていると考えられる。

免疫は、局所に対処する仕組みを持ってはいるものの能力には限界がある。免疫の攻撃によって死滅する病原体を増加量が上回る密度を維持できれば、生存確立は高まる。

 

修復

DNAを始めとする生体機構には、エラーを補修する仕組みが存在している。このため、放射線に対する被曝などに際しても、被曝量が一定のしきい値を上回らない限り問題にならない。これは、ちょうど銀行のオンラインシステムが関東と関西にバックアップの仕組みを持っているようなものである。例え関東に巨大地震が来たとしても、関西のシステムをバックアップとして使って、関東のシステムを復元することが出来る。しかし、日本全体に巨大地震が来てしまったら、快復することは出来ない。同様に放射線障害の発生に関しても、一定レベルまでの曝露であれば、修正メカニズムの存在により問題にはならないが、しきい値を越えた破壊が起きると修正メカニズムそのものが破壊を引き起こす原因にもなってしまうのである。