アップルパイ

今では「飯を炊いてふりかけをかける」位しか料理(?)というものをしない私だが、こどもの頃は毎日おやつを手作りすることが日課であった。

はじめはホットケーキミックスで、パンケーキを作るぐらいだったが、小学校の高学年になるころには、イースト発酵させたパンを焼いたり、ショートケーキを作ったりと手の込んだお菓子を作るようになっていた。

ある日、手頃なリンゴを入手したので、アップルパイを作ろうと思い立った。

パイ生地の種の間にバターを塗っては、延ばしては折り重ねる。そうして何層にも重なった薄い生地の間に下ごしらえをしたリンゴを挟み込んで、パイ皿に飾り付けていく。あとはオーブンでこんがりと焼くだけだ。

バターの香り漂う焼きたてのサクサクなパイ生地に、温かいリンゴのアップルパイ。紅茶も入れて、その日のおやつは格別なものになるはずであった。

しかし、焼きはじめから程なくして漂ってきたのはバターの香りではなくゴムが溶けるようなプラスチックの異臭であった。見るとオーブンレンジの上部には炊飯器の中蓋が乗っており無惨にも溶けてだしていたのだ。急いで、オーブンを開けてみると、パリッと薄く焼けたパイ生地の上にも溶けたプラスチックがしたたり落ちている状態で強烈な臭気を放っており、プラスチックが発火してもおかしくない状態であった。

その後のことはよく覚えていない。なぜそんな高温になる場所にプラスチックがあったのか、母親は不注意をしかるばかりであった。なにより、見たところ、おいしく焼けたパイにしたたるプラスチックのイメージは強烈で、その後、お菓子を作るということもやめてしまったのだ。

あんなことがなければ、私は、お菓子づくりを続けただろうか。料理好きな大人になったのか、それともパテシエにでもなっていただろうか。

 

「もし、あのことがなかったらか。勝手な思いこみやな」

「あっ、あなた... な、なんで、こんなところに」

「アノ事件でおまえは変わってしまったんか。アノ事件がなければ、別の人生があったんか。違う。アンなことひとつで、ヤメテしまう。変わらないおまえがあり続けるだけとちがうか」

そうだ。あの小学生の日以来、わたしは、アップルパイひとつ焼くことも出来ない。

うたた寝から寝覚めたらオーブンから漂う、バターとリンゴの甘い香り、平和な喜び。それは無くなったのではなく、ヤメテしまう私にとって未だ手の届かないもの。

 

でも、大人になってわかるのはカネをだして店で買ったやつの方がうまいということだね。